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独り言シリーズ

Over-Driver

仕事柄、免許更新用の眼鏡を依頼されるコトが多い。
職業ドライバーの方に限らず、日常からクルマを足にしている方々とっては切実な話である。かく言う私も21歳頃から乗り続けているのだが、「明日からクルマに乗れませんよ」と言われた場合の気持ちたるや、大げさじゃなく「恐怖」に近いものがあるだろう。それぐらい生活の中に密着している道具だ。お店に来られる方々も真剣そのもの、である。新しい眼鏡を携え、再び試験場という名の戦場へ赴くドライバーの皆さんの背中を見ながら「頑張れ!!」と心の中で叫びつつお見送り。
今日も我々眼鏡店スタッフに課された任務は重いのだ。

そもそも私にとってクルマの醍醐味、というのは「いつ何時でも自由にどこへでも旅立てる」という点に尽きる。この「いつでも長距離移動が可能」というのは言い換えると「いつでも長距離・長時間に及ぶ逃亡が可能」というコトでもある(笑)いや、実際に逃亡生活など送ったことは無いのだが、常に自分の手の中に「いつでも好きな所へ飛んでいける」という道具を持つことで、精神的安定感をも維持できるのだ。あくまでも「私の場合」、だが。
この感覚はわかる人にはわかってもらえる感覚だろう、と思う。性格的なものなのだ。

ところで、こんな性分であるが故か、未だに「カーナビ」というものを設置したことが無い(断じてケチでも貧乏なわけでも無い、ということは予め断っておく)。
確かに便利な道具だ。たまに旅先で借りたレンタカーに付いていたりすると、その性能の高さには感動すら覚える。仕事等の業務に使えば効率も上がるであろう。
しかし、私はどうしても「ヤツ」を搭載するのには抵抗を感じてしまうのだ。
なんというか、「漢(おとこ、と読む)らしさ」ポイントが下がる、というか・・・
私の父の影響が大きいのかもしれない。父は家族を乗せて旅行に行き、堂々と道を間違えても平気な人であった。

母「お父さん、この道違うんじゃない?」
父「うるせえ、違ったからなんだってんだ!!旅なんてのはな、道に迷ってナンボなんだよ」

アントニオ猪木も真っ青の暴論である。妹達は父と旅行に行きたくない、と泣いた。
しかし私だけは「と、父ちゃん・・・カッコイイぜ!!これが漢、ってヤツなんだね!!」
と思い、「漢」たるもの迷走を楽しむぐらいの度胸が無きゃイカン、と少し間違った教育を父から施されて育ってしまったのだ。だから今でも「ナビ付けようか」などと嫁が言おうものなら「馬鹿野郎、あんな機械の声で“次ノ信号ヲ左折デス”なんて言われて曲がれるかよ!!オレは曲がらないぞ、絶対に!!!」などと意味不明の主張を叫んでしまうのだ。

多少大げさに書いてしまったが、仕事で使用するという場合を除いて、個人で楽しむ旅なんかの場合は、やはりナビなど無い方がいいと思う。
次の角を曲がったら、どんな風景が待っているんだろう。どんな風が吹いているんだろう。わくわくしながら目的地の無い旅をしてみよう。
人生という旅に、ナビなど要らないのだから。キ、キマッタ・・・

でも、安全運転に視力矯正は必要不可欠!!
ドライバーの皆様、メガネライフでお待ちいたしております(笑)

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眼鏡屋、というお仕事

世の中には様々な「販売店」が溢れているが、それらの店舗形態や販売方法を知れば知るほど、つくづく「眼鏡屋」というのは不思議な商売だなあ、と思う。
フレームがたくさん置いてあって、好きなものを選んでレジまで持っていく。 ここまでは普通の商売と何ら変わりは無い。だが、ここからである。

レンズを購入するには検眼して自分の目に合ったレンズを購入するわけだが、この「目の度数」だけは自分の意思で決定するコトは不可能なのだ。店側が決めるのだ。
世の中にいろいろな商売は数あれど、自分で購入する商品の内容を決められない、というのはあまり例が無いように思う。
もちろん、だからこそスタッフの技量と信頼感が重要になってくるのだが・・・。と、ここまで書いたが、ここで眼鏡屋の心構えだとか経営論を述べる気は毛頭無い。

先日、お店の若手スタッフが初めて自分ひとりで眼鏡を販売し、お客様から「ありがとう」と言われて目を輝かせているのを見て、甦ってきた想い出。

私がこの「眼鏡屋」業界に入って今年で11年目。卒業も危ないようなてんぷら学生だった私にとって、就職活動など何の現実味も感じていなかった。
とにかく卒業(出来たとして)した後に何か食べる手段を確保しなければ、くらいの気持ちだった。
適当に会社回りなどをしている間に、たまたま大手眼鏡チェーンの人事部長が私のコトを気に入って(後日、彼曰く「一人ぐらい馬鹿っぽいのを入れてみたかった」そうである)くれて、なんとか食い扶持にありつけた、という経緯での就職だった。
で、いざ入社してはみたものの、当時目と顔だけは良かった私(←突っ込み不可)にとって、「眼鏡屋」という空間自体、初めて足を踏み入れる空間であり、未知の世界であった。

「フレームの販売か。服やなんかと一緒だろ、お客様が好まれそうな品物をちょっぴり気取って“”こちらなんか流行のデザインでございますよ“”なんて言ってさ・・・でも待てよ、中身(レンズ)はどうするんだろ?その人によって度数だって違うし・・・えっっ!?計るんですか?私が??私が決めるんですか!?」
それまで、様々なアルバイト経験はあったが、商品、それも一番「要」の部分を店員が決めるなんて経験は初めてであった。

ガソリンスタンドで入れるリッター量を店員が決めるようなものだ。ちょっと違うか(笑)とにかく、恥ずかしながらそれまで私は、街で見かける眼鏡屋さんのあのズラリと並んだフレームにはレンズも入っていて、お客様が自分の目に合いそうな度の眼鏡を勝手に選んで買っているのだと思っていたのだ・・・意外と、眼鏡を掛けない人々なんかは今でもそう思っている人は多いのではないだろうか。それとも私だけなのだろうか(笑)

入社してみて初めて、自分の就いた職業の持つ責任の重さに気が付いた。それからの2〜3年はずっと修行、修行の日々であった。先輩に居残りをお願いして何度も検査の実験台になってもらったり、実際に先輩の検査をこっそり覗き見たり・・・そして、初めて自分で検査して遠近両用眼鏡を購入していただいた年配のお客様から「一生懸命検査してくれたお陰で快適に使用しています。これからも精進して、良い眼鏡屋さんになってくださいね」とお手紙を頂いた時は、不覚にも熱いものがこみ上げたものだった。

この職業を選んでよかった、と心から思った。きっと先述した若手スタッフも、同じ感動を味わったのだろう、と思う。どんな職業にもドラマがある。あの手紙は今も、私の宝物だ。

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グラウンドには・・・

野球観戦が好きだ。

私は、学生時代はずっとラグビー部に所属し、スポーツと言えばラグビーばかりやっていたのだが、「野球」に対する憧れはずっと持ち続けてきた。それなら野球部に入ればよかろう、と言われるだろうが、私の母校の野球部は伝統的に「坊主アタマ」が鉄則だった故、10代の色気づいた私が野球部へ入部することは遂に無かった、というわけだ。

不思議なことに、ラグビーの方はそれだけやってきたクセに、ちっとも興味が無い。たまにテレビで試合中継をチラっと見て、「うわ、あれ痛いんだよな」とか「よくこんなことやってたな、オレ」とか思う程度である。まったく憧れない。プレイヤーとしてツライ部分まで知ってしまっているから、故なのかもしれない。とにかくそんなこんなで、プロ野球を見ると血が騒ぐのだ。

毎年シーズン開幕ともなると、休日を使ってイソイソとスタジアムに通ってしまう(ちなみに私の贔屓球団はこの春、アマチュア選手への不正な金銭供与問題で糾弾された「あの」某球団である(笑)少年時代からこの球団の大ファンで、今も大人げなく声援を張り上げている自分にとっては、世間のこれでもかと言わんばかりの総攻撃は辛く悲しいものであり、この球団のファンであることを堂々と言えないような、肩身の狭いシーズンである。

昔は贔屓の選手がタイムリーを打った、ホームランを打った、素晴らしい守備を見せた、試合前の練習時に声を掛けたら帽子を振って応えてくれた・・・等々のポイントに観戦の醍醐味を感じていたし、それは今もそうなのだが、社会人として働くようになってから、もうひとつプロ野球観戦の醍醐味が加わってきた。グラウンドの中の選手達から、「プロ」とはどういうものか、学ぶことがたくさんあるのだ。

例えば、成績面でもまったく問題の無かった選手が、不運としか言いようの無い形で大怪我を負い、シーズンを棒に振る。逆にそれまで長い間2軍暮らしだった無名の選手が、その選手の代わりに桧舞台に踊り出る。「プロ」とはかくまで厳しい世界なのか、「運」すらも言い訳にさせてもらえない世界なのか、と見ていて痛感させられるのだ。

自分も普段、眼鏡屋としてお客様と接し、その対価を頂くことにより給金を貰い、生活している。彼等となんら変わらない、「お金を貰っているプロ」である。彼等のプレーするグラウンドの中は、私たち社会人の縮図だ。だから人は、彼等の一挙手一投足に叫び、笑い、怒り、涙するのであろう。かの南海ホークスの名将、鶴岡一人氏が残した名言、「グラウンドには銭が埋まっとる。欲しけりゃ自分で掴み取れ」・・・この言葉から皆さんは何を想い、読み取るか?その辺りに、「プロとは何ぞや」という問いへの答えが詰まっている、と私は思うのだ。私も「プロ」であり続けよう、と思う。

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父と老眼鏡

私の父は今年で57歳になる。所謂「団塊」である。

防大から陸上自衛隊へ、戦車乗りとして自衛隊ひとすじの人生を歩み、一昨年、定年退官を迎えた。退官後、なんとか見つけた就職先は民間の一般的な保険会社であった。自衛隊という特殊な階級組織の中で生きてきた父にとって、どうにも民間企業の「ノリ」に上手く対応することが難しいらしく、このところ息子の私にも愚痴をこぼすことが多くなっている。

幼い頃から、颯爽と戦車に乗り、敬礼をする父を見て、それを誇りに感じてきた私にとっても、そんな父の現状は少し寂しいとも思うが、まだまだ母とともに長生きして欲しい、と思うので、「ナニ、民間企業ってのは昔からそんなモンなの!割り切って明るく頑張って!!」とハッパを掛けることにしている。

そんな父も再就職から1年余り、だいぶ慣れてきた様子で私も少しホッとしていたのだが、最近、妙に立て続けに「老眼鏡を紛失」するのだ。
心配性な母にバレると「ボケてきた」だの何だのと言われるのが予想できるのであろう、私の携帯にコッソリと注文してくる。「母さんには言うなよ、オレの小遣いで作るから安いヤツな、でも軽いフレームじゃなきゃ嫌だぞ」などと言う。息子がメガネ屋でよかった、などと「らしくもない」おべんちゃらを言ったりもする。

私もそこは父と子、初めは深く聞かずに黙って父の老眼鏡を作って渡していたのだが、あまりによく紛失するので本気で心配になり、いったいどうしたのか、と聞いてみた。

父の言い訳はこんな話だった。
「ホラ、おれ通勤電車乗ってる間、ヒマだろ?(現在父は、千葉県南部の自宅から都内四谷のオフィスまで、2時間かけて通勤している)それでさ、自衛官時代は読まなかったような本を読もう!と思ってな、アレ読んでるんだ、課長・島耕作。これが面白くてさ・・・」
要するに、通勤中の電車内で華麗なる島耕作の物語にウットリするあまり、降り際にメガネを車両内に置き忘れてくるのである。

なんだ、しょうがねえなあ、もう、などと2人で飲みながら私は笑ったが、その後、父と別れて乗った西武線の中で私は何とも言えない気持ちになった。
「課長・島耕作」は確か、巨大企業の中で仕事も遊びもバリバリ、なんでも器用にスマートにこなして出世していく物語だった。
学校を出てからも演習場の荒野で戦車に乗り、階級こそが全て、と言われる世界で、ただがむしゃらに、まっすぐ生きてきた父。自衛隊を、自分の職業を愛し、誇りに思ってきた父。
そんな父が、いまどんな気持ちであの漫画を読んでいるんだろう。
ふとそんな事を思い、私はとても切ない気持ちになった。

その後、父の「老眼鏡紛失癖」は多少落ち着いてきたようだ。
ただ、私はあの話を聞いて以降、もしまた父が老眼鏡をなくしたら、何も聞かず、黙って作り続けてあげよう、と思うのである。

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新企画を考える

「痩せたい」「キレイになりたい」・・・どんな時代でもヒト(特に女性)はこの2点を強く願い、追い求めるようだ。例の、某人気健康番組が引き起こした「番組捏造問題」だって、裏返せばそれだけ多くの人々がそのような情報を求めている、ということ。そこであんな事実が発覚しちゃったから、視聴者の怒りも大きかった。打ち切りですからね。
「痩せたいパワー」をナメてはいけない。

私は普段あまりテレビを見ない方なので、この番組も当然見ていなかったが、もし見ていたとしても絶対に騙されなかっただろう、と確信している。
なぜなら、私は大の納豆好きで、それはもう毎日毎日、納豆を食べない日は無いぐらいなのだ。「納豆で痩せる!」なんて事が本当にあるなら、私はこんなジャイアン体型になっていない!!きっとこの番組を見て納豆を買いに走った人々は普段あまり納豆を食べていなかったのであろう。妻は私の食生活をよく知っているので、この捏造問題には全く踊らされずに済んだ、と私に感謝しているぐらいである。

さて今回、私はこの「番組捏造問題」について糾弾する気は無いし、議論する気も無い。
ただ、これだけ多くの人々がダイエットというテーマに興味を持っている、という事実を踏まえて、敢えて提唱したい事がある。それは・・・

「メガネ、コンタクトでキレイになろう!!」

これは決してメガネやコンタクトで外見を飾ろう、という意味では無い。
例えば、アナタが現在使用しているメガネやコンタクト、ちゃんと見えてますか?
ちょっと度がすすんだかな〜、なんて思いながらもズルズルと弱いまま使ってしまっている、なんて方が意外に多いはずだ。ココが落とし穴!!

キチンと度を合わせたメガネやコンタクトで、あらためて自分の体を観察してみると・・・
「う、こんなトコに肌荒れが・・・」「ハッ・・・こんなに白髪が増えているっ!!」意外に自分が気付いていなかったパーツにも目が行き届くようになり、アナタは更に美しくカッコ良くなっていくことが出来るのです・・・

・・・こ、これは素晴らしいダイエット方法なのではっ!?ここまで考えてみて、自分の企画立案の才能にクラクラしてしまった。これをメガネライフ全店でキャンペーン展開すればヒットするに間違いない。テレビが取材に来ちゃったりしたらどうしよう。来ないか。

しかし、完璧かと思われたこの企画には、致命的な欠点があるのだ。
それは・・・提唱者の私が、まずは痩せなければイケナイ、ということだ。どうやら、企画倒れが確定したところで、今回はこの辺で失礼させていただきます。

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※新規のお客様のコンタクトレンズの販売は処方せんが必要となります。

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